貧困の中で芽生えた情熱
ドクトル・ワグナー、本名マヌエル・ゴンサレス・リベラは、1936年4月13日にメキシコのサカテカスで生まれました。貧しい家庭に育ち、幼少期に家族とともにトレオンに移住。生活は厳しく、彼は早くから働きに出ることを余儀なくされました。
家族のために毎日忙しく働いていた彼はルチャリブレと出会います。ロイ・ベラスコが運営するジムやエルクレスジムでトレーニングを始め、昼はアメリカでの肉体労働で家族の食費と自分の学費を稼ぎ、夜はリングで汗を流す日々を送りました。この過酷な生活の中でも、彼の情熱は衰えませんでした。

デビューと「悪の医者」の誕生
数年間の努力が実を結び、1961年7月16日にワグナーはルチャリブレのリングでデビューを果たします。最初は「センテージャ・ネグラ(黒い稲妻)」というマスクをかぶったキャラクターで登場し、トルベジーノ・ネグロとタッグを組んで観客を沸かせました。
しかし、北メキシコのルチャ界の大物エリアス・シモンから「もっと独自の存在感が必要だ」と助言を受け、新たなキャラクターを模索。亡くなった「メディコ・アセシーノ(殺人医者)」の息子という設定を提案されつつも、他人の名前に頼らず「ドクトル・ワグナー」として再出発することを決意します。

デビュー戦でルベン・フアレスを破り、その残忍かつ計算されたファイトスタイルから「悪のテクニシャン」という恐ろしいあだ名がつけられました。
1965年、メキシコ最大のプロレス団体であるメヒカーナ・デ・ルチャリブレ(EMLL)にスカウトされ、メキシコシティでの活躍が始まります。1966年初頭にはラウル・レジェスとのマスカラvsカベジェラ戦で勝利し、相手の髪を奪いました。その結果ワグナーの名は瞬く間にルチャ界に轟きました。

ラ・オラ・ブランカの黄金時代
ワグナーのキャリアの頂点とも言えるのが、アンヘル・ブランコとのタッグチーム「ラ・オラ・ブランカ(白い波)」の時代です。白いマスクとコスチュームで統一されたこのチームは、見た目だけでなく実力でも圧倒的な存在感を放ちました。

ミル・マスクスとブラック・シャドウ、レネ・グアハルドとカルロス・ラガルデの「ロス・レベルデス」など、当時のトップチームを次々と撃破。最大の偉業は、エル・サントとラヨ・デ・ハリスコというルチャリブレの英雄タッグチームからナショナルタッグ王座を奪った試合です。この勝利は観客を驚愕させ、Dr・ワグナーとアンヘル・ブランコの名を不動のものにしました。


裏切りと抗争の幕開け
1967年にはエル・エンフェルメロ(看護師)を加えてトリオ化を試みますが、チームワークが合わず短命に終わり、1969年にエル・ソリタリオが加入すると状況は一変。メキシコ最強の悪役チームとして君臨します。
しかし、ソリタリオが正義感溢れるスタイルでファンの心をつかみ始めると、Dr・ワグナーとアンヘル・ブランコの嫉妬が爆発。ある夜、リング上でソリタリオを裏切り、観客の前で壮絶な攻撃を仕掛けました。
この事件はルチャリブレ史上最も長く語り継がれる抗争の幕開けとなり、1975年にはワグナーがエル・ファルコンと組んでロス・ヘメロスをマスカラvs対マスカラで破るなど、さらなる名勝負を重ねます。


1970年代後半、ラ・オラ・ブランカは分裂し、アンヘル・ブランコがテクニコに転向。Dr・ワグナーは1979年1月1日のマスカラvsカベジェラでアンヘル・ブランコの髪を奪い、かつての盟友との決着をつけました。
1980年にはエル・テハノと組み、ロボットC3とアストロ・レイとのマスクと髪をかけた試合に挑むなど、リングでの挑戦は続きました。
悲劇的な事故と不屈の闘志
Dr・ワグナーの人生は1986年4月27日に予定されていた試合前日に一変します。息子と初めてタッグを組む歴史的な一戦を控え、モンテレイに向かう途中、Dr・ワグナー、アンヘル・ブランコ、ソラール、フンガラ・ネグラ、マノ・ネグラを乗せた車がタイヤのパンクで横転。運転していたアンヘル・ブランコは即死し、ワグナーは脊椎に深刻なダメージを負いました。
緊急搬送された病院で鋼鉄ワイヤーを脊椎に挿入する大手術を受け、一命は取り留めたものの、下半身不随となり車椅子生活を強いられます。「もう歩けない」と医師に宣告されたワグナーでしたが、彼の闘志は消えず、リハビリに励んだ結果、奇跡的に杖を使って歩けるまでに回復しました。
最後の闘いと永遠の伝説
2004年初頭、脚の動きをさらに改善するため脊椎のワイヤー交換手術を受けますが、同年9月12日、突然の心臓発作でこの世を去ります。それまで健康そのものだった彼の死は、家族やファンに大きな衝撃を与えました。
享年68歳。貧困から這い上がり、ルチャリブレの頂点を極め、壮絶な事故を乗り越えたドクトル・ワグナーの人生は、まさに波乱万丈そのもの。彼がリングで魅せた情熱と不屈の精神は、今も多くのルチャファンの心に刻まれ、「悪のテクニシャン」として永遠の伝説となっています。